散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

ジュピターズ・ムーン

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冒頭より、5分を超える長回しアクションを切断する数発の銃弾が、“エウロパ”を題する現代の寓話をにわかに浮上させる。

文字通り、空高く浮上する身体──。
まるで『トゥモロー・ワールド』のイミテーションは、シリア難民の少年の身に“奇跡”を宿す。

しばしの陶酔──。没入感と少しばかりの客観。無重力の不自由を足掻く主人公、あるいは街を、地を這う人々を見下ろす“神”の視点。そんな意識の混濁が、いつも半覚醒の夢に見る光景とそっくりそのまま重なるのだった。

幻想が“希望”とは。
ならば、眠ろう。


☆3.3

アルカディア

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類するならば、M・ナイト・シャマラン『スプリット』級の衝撃!

さすが、あっぱれ。我が偏愛映画『モンスター 変身する美女』の監督コンビ。ワンアイデアのジャンルムービー界隈において、彼らはそんなお約束からさらなる捻りを異次元に加える。

まさかあんなところにユニバース化の種があったなんて。(とはいえ妙に予感めいたものはあった……)感嘆のラスト30分、つまりは92分+112分に渡る物語の第3幕。この「結末」に向かう伏線回収の快楽、その真価を知りうる奇特な映画フリークが、世界中を数えてもどれだけいるのかという不安と、そして優越感に浸りながら。


☆3.7

フリー・ファイヤー

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どうしたってタランティーノの『レザボア・ドッグス』を彷彿とさせる。一体どれだけの銃弾が飛び交い、どれだけのうめき声と無駄口が叩かれたか。命のやり取りをブラックコメディに描く噴飯ものの、ましてや小粋な〈人を殺して捨てゼリフ〉までおまけについてくるような、前時代的な趣向をなぞりながら、90分のノンストップアクションを実現させる奇作。

全員手負い、ノロノロと這いつくばって全員ゾンビの泥試合は、一見、ごっこ遊びが過ぎる子供騙しのようにしか見えないが、バラードの原作を映像化した前作『ハイ・ライズ』を引き継ぐように、“縦”から“横”へ、俗悪なカオスの衝突は人間性の崩壊を象徴させている──のではないか、などとやたらに穿った目を光らせるも、そんな手練ではなかったようだ。


☆3.4

セブン・シスターズ

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人生最後の言葉が
「愛してる」
だったならば。
それが真実。
真実が僕を裏切ったとしても
それだけが生きた証──。

「終末時計」も人類滅亡のカウントダウンを残り100秒に設定するような、空想と現実が重なりつつあるような時代の只中にある映画において、およそ半世紀前の近未来ディストピアのテンプレート──人口過剰による食糧危機、資源の枯渇に、気候変動。全体主義化する社会に待望されるビッグブラザー──が、いまだ物語を駆動させるのに有効な装置であり続ける。ただし、もはや社会風刺としての側面は持ち得ず、ジャンルムービーの一群として大量生産、大量消費のサイクルに巻き込まれながら陳腐化の一途を辿りながら。

呑気にスクリーンを眺めては、人類の知恵や希望やと、美辞麗句に目を潤ませる我々の言葉もまた陳腐化するばかり。

事の重大さを知っていながら知らないふりをして。未来の子どもたちを犠牲にしながら、特権的な平和を享受している事実からは逃れられない。世界の虚構で愛を叫んでばかりのけもの。


☆3.3

スティーヴン・キング 痩せゆく男

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痩せこけた身体でいえば『マシニスト』のクリスチャン・ベイル。“ジプシーの呪い”といえばサム・ライミの『スペル』を思い浮かべたりもするが……濃霧より浮かび上がるトム・ホランドフィルムの文字にニヤリ。これとて忘れがたいホラーの一品に違いないとの確信を得るオープニング。

そして、エンディング。
人を呪わば穴二つ──といったモラルテールで纏められればむしろ救われるところ。不正義のまかり通る社会に因果の道理もありゃあせん。人は醜く肥え太り、業を深めていくばかり。
不穏に始まり、不穏に終わる。


☆3.3