散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

マイ・ブルーベリー・ナイツ

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ノラ・ジョーンズのスイートなたたずまい、スモーキーなその歌声がウォン・カーウァイの映像詩を一層、夢幻的に響かせるのだった。

視覚と聴覚を通して、匂いも、味も、肌のぬくもりさえも。五感で愛と触れ合うような、夢と現実が溶け合う陶酔。映画という魔術的なメディアの恍惚を知ったあの夜を──あの夜の悲しい口づけの感触を──忘れることはないだろう。

人生という名のロードムービーの、その甘酸っぱい“ストーリー”の片隅で彼女の帰りを待っている男の。ロマンティックなる恋の呪縛。それはたった一度、たったの一年、そして遠く過ぎ去っていった恋の傷跡。失われた過去をたどっては選ばれなかった未来をさすらう、今も──その甘美なる悲しみに耽溺する日々の記憶である。

誰に見せるでもない映画帳の巻頭より、タイトルのみ記されたままの余白を埋める追想をここに。


☆Review

 

〈追記〉

コマ送りのスローモーションが時の流れに引き裂かれる愛執に同調し、過ぎ去りし恋の痛みをよみがえらせる。あの頃のように。ゆえに美しいラブソングと共に思い出のハイライトをこうして書き留める、変わらずとも変わってしまう幸福な悲しみの記憶を。待ち人は遠く、置き去られたドアの“鍵”を今もひとり握りしめて僕は──。

"Try A Little Tenderness"


☆4.7