散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

シンデレラ

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保守的であることがすなわち悪であろうはずはないが、愛と知性を持ち寄ってより良い社会を目指そうとする進歩主義が否定される謂れもあろうはずがない。

ただし、正義にかこつけた前時代へのアンチテーゼにはある種の暴力性が内在することに自覚的でなければならないのも確か。ポリティカル・コレクトネスを自動翻訳するかのような、むしろ愛も知性も、想像力にも欠けた正義の乱用による反発、軋轢はもしや深刻な世界の分断をすでに引き起こしてしまったのではないかと憂慮もされる昨今。

そんなきらいはディズニー映画の世界とて例外ではなく、女性の自立をプリンセス(あるいはヒロインから女性ヒーローへ)の能動性に仮託するようにして、むしろ社会運動を牽引する象徴のように、新時代のニュースタンダードが表現の領域においても刷新されていく。当然、支持されるべき道と喝采を送りながらも……早すぎやしないか、正しすぎやしないかと、一抹の不安を覚えつつ、やや窮屈にも感じつつある本音を隠しきれない。

そんな折に、ディズニークラシック、その継承を謳う今作の寧ろ新鮮な歓び、心地のよさ、安心感。

緩やかな革新性を織り交ぜて、王道の“シンデレラ・ストーリー”を鮮やかになぞる。映画という「魔法」によって差し伸べられる「優しさ」に癒される。

振りかざされた拳も解かれよう。

「勇気」ばかりが称揚され、正論が幅を利かせる、正しさという新しさと息苦しさとの間で。
時代遅れ、場合によっては不道徳ともなりうるノスタルジーへの寛容もまた多様性の証左ではなかろうか。やはり表現の自由においては。


☆3.0