この記憶は何者かによって作られた偽の記憶であるという可能性を、一体誰が否定できようか。記憶の連続性が一個人の主体を維持する根拠であるならば、その記憶が改竄されうる代物であったとき、この世界が大いなる存在によって試されるシミュレーションの一つに過ぎないという可能性を、一体誰が否定できようか。
時間は戻らない、過ちは取り返しがつかないという真理に反し、一つの正解とそれ以外すべての悲劇を永遠にループする世界ならば。
今日は何回目の今日で、この私は何人目の私なのだろう。そしてこの悪夢に果たして終点はあるのだろうか。
∞
☆3.1
(2018/12/01)