散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

未来よ こんにちは

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木漏れ日の中を赤いワンピースの彼女は少女の面影を残しながら、青白い月明かりの下には確かに小柄な中年女性のシルエットを浮かばせながら。赤子を抱くその後姿に母の背中を見せたかと思えば、暖炉の灯に女の横顔を揺らめかせもする。

光の角度によって、陰とのコントラストによって、映し出される様々な表情に人生の多層性を語りうる、イザベル・ユペールという女優の佇まい。

ゆっくりと、しかし着実に訪れる老いを若さの喪失と嘆くばかりでなく、経験の蓄積、それは人生の豊かさだと認められる視座。
とめどない時の流れ、ままならない日々を、一歩一歩、そしてしなやかに。歩みを止めなかった自分だからこそ辿り着いた今を愛する。誰よりも自分の人生は自分で肯定することのできる逞しさを宿した肉体の美しさ。

カットは矢継ぎ早に、めくるめく流麗なシーンの移り変わり。とりとめのない映画に切り取られたのは生きるということの現実。それはすでに議論の尽くされた、人間は誰も独りであるという真理。生きることは孤独を知ること。独りで死に向かっていくことの悲しみに向き合う、時の変遷である。

悲しみよこんにちは
されど、この悲しみとて我が人生と──。

涙に暮れる夜もあれば、街の喧騒にふとこぼれ出た笑みの意味は。未来を覆う涙のレンズはおぼろげに、またはきらきらと、彼女にまだ見ぬ世界の風景を知らせる。
途方もない悲しみと共に、未来への希望とて途絶えることはない。歩みを止めない。あるいは歩みを止めなかったすべての女性たちへ、すべての老いる者たちへ贈られる人生賛歌は、安らぎに満ちたエンディングを迎える。


☆4.0