散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

ジョーカー

f:id:eigaseikatsu:20211103003547p:plain

ヒース・レジャー扮するジョーカーのカリスマとはある種の崇高ささえ抱かせる絶対悪であったのに対し、言ってしまえば落伍者の逆恨みに過ぎない今作はホアキン・フェニックス版ジョーカーに向けられる共感、あるいは同情のまなざし。経済格差、不寛容はびこる現代社会の病とも言うべき、ごくありふれた平凡な誇大妄想を膨らませたたんなるコスプレ殺人鬼(その模倣犯など愚鈍の極み)。憐れみの対象にまで堕ちた「悲しみのクラウン」をひたすらにクローズアップで追うカメラの悲劇性。

愛もユーモアも欠落した、どこまでも暗く悲しい狂った世界の映し鏡が、しかし美しいカタルシスをもたらす虚構の効能。その手触りは『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』、『ネットワーク』といった表層的なオマージュにとどまらず、アメコミ映画にそんなニューシネマの再演を実現させる。対極にも思われたムーブメントの重なり合うこの問題作が、巡る次なる時代のシンボルとはなり得ないことを願うばかりだ。


☆3.7