散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

ミッドサマー

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認知を歪めるドラッグムービーの極北。なんと恐ろしく危険な心地良さだろうか。不穏に包まれたダウナーな多幸感がしばし理性を鈍らせ、あらゆる負の感情を忘れさせてくれる。

一人の人間として、己の人生として乗り越えるべき抑圧や悲しみ、そして恐怖を──“避けられぬ終焉を厭う死”への絶望さえも──破局的なカタルシスによって浄化してしまう光の楽園。地獄の永遠が続くこの厭世にまやかしの救済を与えるカルト(映画)の誘惑。

陽光ゆらめく草原の上で眠るように堕ちていく、やがて恍惚を迎えるまでの白昼夢。それはよく知る風景と重なる。今朝もこんな幸せな悪夢にうなされ、声にならない叫びで目覚める。きっと昨日も一昨日もそう、もう何年も前からずっと同じ悲劇、同じ“ラブストーリー”の繰り返し。昼も夜も、夢と現実が混ざり合うまどろみ中に、ささやかな狂気を孕んでいる。

トラウマを喚き散らすようなアリ・アスターの露悪表現は、そんな病的な精神症状を外在化し、同一化させてしまう劇薬。慟哭とも喘ぎ声ともつかない不協和音に共鳴する慰め合いは故にグロテスクであり、美しくも見紛う。


☆4.0