散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

クワイエット・プレイス

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得体の知れない外敵から身を潜め、我が子を守り抜く父と母の戦い。
孤立無援。あまりに非力で無防備な、家族という最小単位の共同体で所詮は生き抜くことを強いられるこの世のリアリズムが重なって見える。

世に蔓延る理不尽、あるいは暴力に対抗するべくもなく襲われる弱き者たちの恐怖、孤独、そして絶望。それでも未来に希望を宿すことをやめない人間の営み。

実夫婦でもあり、父と母でもあるジョン・クラシンスキーとエミリー・ブラントに体現されるはまごうことなき愛のドラマ。言葉にせずとも、声にならずとも、それは映画的な言語によって十二分に語られる想い。人の親であることの恐怖と覚悟が。

実に鮮やかなラストカットまで、途切れることのない緊張感が論より証拠。ホラーというジャンル的な娯楽作において真に迫る、生き抜くことの綱渡り。


☆4.0

ボブという名の猫 幸せのハイタッチ

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大都会はロンドンの、孤独という名の無人島の。どん底に転がる人生という名のストーリーに、迷い込んだ一匹の茶トラ猫。(「ツイン・ピークス」のキラー・ボブより)ボブという名のストリート・キャット。

まん丸の両目でじっとこちらを見つめるボブ。見つめられるボクの人生は浮上をはじめる。

人間は見られることで変わっていく生き物。誰かに見られていることで頑張れる、見守られることの安らぎに心の傷も癒される。他者との交わりの中で自己を見出せる。人の目が人を生かす社会的な存在である。

決して“ノラ”では生きられない我々にとって、ペットはもはや家族と同等かそれ以上。その眼差しには、人間と同等かそれ以上の関係も結ばれる。
ベストフレンド、ソウルメイトと呼ばれるように、彼らこそ最良の友にして、最大の理解者たりえる。人と人とがディスコミュニケーションの時代において、物言わず、ただ寄り添う者の尊さが浮かび上がる。

言い換えれば、ただそれだけで人は生きていける。世界は美しく、音楽は鳴り響く。ストーリーは続く。人生という名のストーリーを書き上げてもみせる。
そのことを思い出させてくれる幸せのハイファイブ。まるで天からの使者のよう。

静かなる、聖なる夜の。
「ハッピー・キャッツマス!」


☆3.7

メアリー&マックス

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"LOVE YOURSELF FIRST"

そうは言っても、愛を知らない。愛し方がわからない。愛されたこともない。涙も出ない。こんなに悲しいのに。どうしてこんなに寂しいのに、僕らはみんな独りぼっち。一人一人、別々の道。騒々しく、悪臭漂う人混みの、無秩序な町を行き交うだけの。出会うこともない、別れの宿命を負うこともない、涙で霞むこともない灰色の日々が、不安と混乱のままに過ぎてゆく。

誰もが不完全ならば許し合えるだろうか。誰もが孤独ならば愛し合えるだろうか。
そんなイマジネーション、そんなのは人々を救うための優しいウソ。

出会いは別れと。希望は絶望と。コンデンスミルクはビターなチョコと。
悲劇にして、喜劇にして語りうる人生の賛歌は、光と影のモノクロームにて。

すべての人に愛されずとも、すべての人を愛さずとも構わない。この広い世界のどこかにきっと見つかる、たった一つの友情を。たった一人の理解者に、あなたのすべては認められるから。


☆3.2

グッド・オーメンズ

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フラット化を要請する社会では、対となって先鋭化する思想が緊張を高め合う。
あらゆる二項対立は原理主義化。行き過ぎた正義が正義でなくなるように、極端な右も左も同じであるように、いつしか対立と勝利こそが目的化。人間の本質的な欲望、本音をさらけ出してはばからない。あけっぴろげな世界はカウントダウンを刻む。
無論、人間の想像の産物であるからには、神の御言葉とて過激に。ジョークすら通用しない悪魔との最終戦争、来るハルマゲドンを指折り数える。

すでに壊れてしまった世界。はじめから、おかしなルールで始められたゲーム。
戦いのための戦いを繰り返す善と悪、敵と味方を分ける体制そのものへ反旗を翻す──裏切者たち、はぐれ者たち。

はぐれ天使とはぐれ悪魔の世界を救うブロマンス。
明日も君と、他愛のないおしゃべりをして過ごすのどかな一日でありますようにと。

異端児はリンゴの果実を片手に。
美味しい紅茶をもう片手に、友との旧交を温める。

シニカルで救われる世界ならば結構なこと。


★3.0

ギヴァー 記憶を注ぐ者

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物語に紡がれる。数えきれないほどの、確かにこの世界に存在した“愛”の記憶。表裏一体にある残酷の、苦悩の、憎しみの、痛みの、喪失のフラッシュバックを一筋の涙に閉じ込めて──。

きよしこの夜。“愛”が未来を灯す希望の言葉でありますようにと、聖なる夜に願いをこめて。

リンゴを手に取り、“未来”をその腕に抱き、無垢は再び楽園を出る。
悪魔の囁きか、いや人間が人間たる所以に湧き上がる衝動と、反逆の意志をもって。檻の中の理想郷を捨て、愚かしくも美しい混沌の世界に、真の自由を渇望する。

差異に溢れ、溢れる色彩、音楽に満ちた美しき世界──悲しみに満ちた世界で。
物語は、それでも生きることの勇気、生き抜くための強さを少年少女の幼き記憶に授ける。


☆4.1