散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

オリエント急行殺人事件

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不朽の名画かくあるべしといった華やかなオーバーチュア、センセーショナルなプロローグを挟んで、オリエント急行出発の地イスタンブールの駅は巧みなカメラワークが人々の往来を賑やかに映す。本編のほとんどが列車内の密室に限定される本作にあって、冒頭のダイナミズムはその後の会話劇を駆動させるに十分なものであった。

ケネス・ブラナー版が如何に感傷的にウェットな再解釈であったかと、対照的なほどにミステリーの定石を踏む坦々とした語り口は少し退屈にも思えるが、オールスターキャストの名演にはやはり随所に唸らされるものがある。
目は口ほどに物を言う。彼らの見せる表情の一つ一つが伏線になり、一瞬の視線の先には“真実”がすでに、常に語られているのである。

「十二人の正直者たち」。嘘もつけない善人たちの完全犯罪ならば、何度リメイク、映像化されようとも同じ当然の帰結を見ることになるだろう。しかしその罪への眼差しは世情によって、または物語の名もなき乗客たちそれぞれの心によって移ろうものでもあろう。


☆3.3