人が人の“値打ち”を査定するなど下衆の所業であることは、事実についてを一人一人のストーリーから多角的に紐解いていけば一目瞭然のこと。一つ二つと、真実の顕れによって、本当の人間の価値は浮かび上がる。
当然にそれは、資本経済という信仰の引力からは逃れた別のところで存在している。
そんなわかった風に安直に、矮小化して本質を読み違えることのないよう、高慢なものの見方には注意していきたい。
問いを解のように示すフィクションという批評空間の、芸術的価値を少しでも享受できるように。如何様に言語化するにせよ、世界のわからなさには謙虚でなければと思い改める次第。
エッセーないし詩(歌詞)ないし、非言語的情動を再構築する拙文を読み返すに付け。
☆3.4
(2018/1/26)