散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

ベルリン・シンドローム

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実話を基にする監禁モノのそのリアルな暴力描写よりも、それが男性社会で縛られる女性たちの痛みのメタファーとなりうることよりもまず、誰もが一度は思い描くであろう理想の恋がその実、悪夢に他ならないという非情なる眼差しにショックを隠し切れない。

幸福の刹那を引き延ばすべく──そんな愛への執着もまた、シリアルキラーの猟奇性と地続きにあるというまさかの、しかし否定しがたい事実を丹念に突きつける心理描写。その狂気と幾ばくかの葛藤、その加害性について、まったくもって身に覚えがないとは言い切れないだろう後ろ暗い過去を苛む。かつて永遠を誓った(そして今にも続く)純愛の、“えも言われぬ恐ろしさ”を顕にし、いわんや自己喪失にまで追い込みかねない……ヒロインの冷徹な視線の先で立ちすくむ影にその残像は重なる。

愛に囚われた男の闇と、自由を求める彼女たちの光がここでも。対照的な運命を分かつ。


☆3.6

ラスト・クリスマス

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君は君だよ。

そのトートロジカルな愛を伝える幾千万ものラブソングがあり、ラブストーリーがあり。僕が僕であるために言葉を紡ぐのも同じ。

「普通」というしがらみに傷つき、がんじがらめになっている君へ。君はいつかの僕でもあって。他の誰かと比べるでもなく特別な自分を愛せるように。

それだけのことで世界はこんなにも美しいのだから。街は華やぎ、夜空は輝き、“天使”は微笑む──素晴らしき哉、人生を謳うクリスマスムービーをかけがえないあなたに贈る。

(届かぬ想いが聖夜を彩る。)


☆4.3

 

黒いオルフェ

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一夜のカルナヴァルへと導かれるようにして、断続的なサンバのリズムとリオの街に響くあらゆる不協和音が、モダン・ジャズにおけるポリリズムを奏でるかのような熱狂を渦巻く。

果てしないカオスを生み出しながら、すれ違い合いながら、はかなくも重なり合うロマンチックなビートを刻みながら。惹かれ合うも引き裂かれる、愛と死の二つの運命に翻弄される恋人たちの神話を語る。その“永遠”を歌い継ぐ──ボサ・ノヴァアントニオ・カルロス・ジョビン!)の詩情あふれるメロディに乗せて、“黄昏”を背にし舞い踊る子どもたちを輝かせる。音楽。


☆3.9

ゆれる人魚

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この身を滅ぼすほどの恋は初恋。その儚さゆえの美しさのために、少女は声を失い、泡となり消える。

すべてを捧げる純愛の愚かしさ、可笑しさ、悲しみを彩る世界のなんと醜く、血生臭くきみょうきてれつで、グロテスクなことよ。

純白を染める耽美なる赤よ。


☆3.1

静かなる叫び

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ファーストカットの“急襲”より、銃口を突きつけられたまま続く77分の緊迫感。1シーンの弛緩もなく、やはりヴィルヌーヴのカメラからは一瞬たりとも目を離すことができないのであった。

それは傍観者のまなざし。

閉ざされたモノクロームに響きわたる静かなる叫び。憎しみと愛の相克の狭間で、彼は、モントリオールの雪景色に黒い血を落とすことさえなく去る。
銃乱射事件という凶行を起こす加害者でもなければ、被害者にもなり得ず、誰一人として救うことすらできない男の絶望。その静謐さに安らぎを覚えるほどの恐怖。圧倒的な無力感、存在への不安──。

どうしたって当事者たりえない。彼女たちの痛みを知り得ない。男は母になれないという不能感さえ漂う。フェミニズムというよりは(あるいはトランス的な)コンプレックスにも近い歪な女性崇拝が、やはり『ブレードランナー 2049』にも及ぶフィルモグラフィーに通底している。
その意味で極めて同時代的な、男性的(≠男根主義的)な映画作家であるという仮説を新たに、さらなる共鳴を確かにするヴィルヌーヴ初期の佳作であった。


☆3.8