川のせせらぎも、鳥のさえずりも、ギターの音色も彼女の耳には届かない。だけど、川面はゆらめく、鳥たちは羽ばたく、踊り出すステップに音楽は聴こえる。風をきって走る。ミット打ちのリズム、スパーリングの息遣い、軋むリングに全身全霊をかけて、静寂に激しく拍動する命を燃やす。
音のない世界。まるで世界の半分から取り残されていくかのような孤独や葛藤、その先に見つめる東京の、人々が行き交う町の風景を、16mmフィルムのやわらかな光が包み込む。
言葉よりもずっと雄弁なケイコ(岸井ゆきの)のまなざしを、観客もまた見つめ返す。交差するまなざしに、分かり得なくとも分かち合おうとする人と人とのコミュニケーションの営みが宿る。映画を観ることの本質に研ぎ澄まされた珠玉の一作。
☆4.1