散文とロマンティック

旧映画生活の備忘録

ダンケルク

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スピルバーグが娯楽作品と交互に政治的な作品を撮り続けるように、時代を代表するヒットメーカーは、映画作家としての価値ともう一つ、映画メディアそのものの価値を示す使命を担っている。
そういった社会的な作品は、好きこのんで見たいわけではなくとも、映画好きの端くれとしては見逃すことを許されない気がして仕方がない。この義務感は大切なことだと思う。
映画で世界を知った、その一つは知識としての学びである。

ノーランの描く戦争映画。画期的なのかクラシカルなのか、無声映画のようでアトラクションムービーでもあるような奇作にも関わらず、幅広く受け入れられたことにまず驚く。
台詞によるドラマを排し、実質、主人公もいなければ成長の物語もない時間の経過。それなのに、ましてや敗北を意味する撤退戦にカタルシスは得られる。
絶え間なく緊張を煽り続けたハンス・ジマーの劇伴が止み、ダークグレーにオレンジの炎が燃えるラストには戦争映画らしからぬ新鮮な感動を覚えた。

月並みなことを言えば、これこそ映画館で見なければわからない映画だろう。
映画館でしか体験できないものは、視界を覆う大スクリーンや大勢で虚構を共有すること以上に、四方八方より轟音の鳴り響く音響装置のその迫力。
死に囲まれる臨場感あっての追体験に雑念は奪われ、時間感覚は狂わされる。映画のマジックだ。


☆3.5

(2018/07/24)